一人の女性――ウィッチの磔刑が行われている

公開処刑である。

その女性の首には抵抗を防ぐための、

魔力封じのネックレスがしてある。

「御前、最期に何か言い残す事はあるか?」

決り文句を処刑執行人が言う。

彼女は無言のままだった・・・

何を思っていたのか定かではなかったが、

ダークブラウンの瞳からは涙がこぼれ落ちていた。

しかし、その涙が何を意味するのかを

考える者は居なかった。

ただ一人――彼女と同じ黒い髪にダークブラウンの瞳を持つ彼女の兄を除いては・・・

「遅いな・・・早く着てくれ・・・」

兄が苛立ちまじりに一人呟く。

周りに居た人々にも十分届くような声だったが、

成り行きを固唾を呑んで見守っていたため、

聞こえなかったようだ。

もっとも、聞こえたとしても、

それが何を意味しているのか分からなかっただろうが・・・

 

 

 

 

「それではこれより、公開処刑を行う。」

いよいよ、彼女が磔にされる。

その時だった。

ようやく、兄が待ちわびていた人が来た。

しかも、一人は上空からである。

兄は上空の一つの影に気付き、決心した。

そして、詠唱を開始した。

 

 

 

 

 

彼が唱えている魔法は水属性魔法のウォータースラッシュ

――闇眷属の魔法であった。

兄も妹と同じウィザードだったのである。

「アイスランス!

――妹を帰してもらおう!」

高圧力で発射された水柱が処刑台に向かって、無数に飛来する。

磔にされた妹はその声にうつむいていた顔を上げる。

いきなりの声と魔法に周りの人々は逃げ惑った。

執行人達教会側の人間はその魔法に驚いたものの、

距離があったので、かわせた

――はずだった。

「ウィンドカッター――偽の正義をもって

ウィッチハントを行う者に制裁を・・・!」

いきなりの地上と上空からの魔法に、

次々と血飛沫をあげて、辺り一帯が血の海と化す。

いくつかの遺体がその中に溺れる。

その様子に、周りの人間がさらに恐怖し、

広場から人が消え失せる。

 

 

 

 

辛うじて生き残っていた、司祭はその場から

逃げ去ろうとしたのか、徐々に後ずさり始めていた。

「魔女だって同じ人間よ。

なのにそれだけの理由で処刑するなんて、そっちの方が、

よっぽど死に値するわよ。」

その声は真後ろから、いきなり聞こえた。

人の気配等全くしていなかったのだが・・・

ブラウンの髪と左眼がエメラルドグリーン、右眼がダークブルー

というのが印象的な女性からのものだった。

そして、その手に握られているナイフは深々と司祭の胸を貫いていた。

ナイフが引き抜かれるのと同時に、

司祭の体から血が噴き出した。

苦痛に呻いていた司祭が倒れ、

辺りを赤く染める。

「き、貴様ら・・・何者だ・・・!?」

執行人であった男が慌てふためきながら叫ぶ。

今は、執行人ではなく死刑囚の気持ちだろう。

「ダークネスサイド――貴方達のような

偽の正義をもってウィッチハントを行う者を狩る者達です。

今回は貴方達が殺そうとした魔女の兄の依頼にて、

貴方達を狩ります。」

空から降りてきた黒いロングヘヤ―の女性が、

恐ろしい言葉にもかかわらず静かに言った。

よく見ると、何らかの翼を持っているというわけではない・・・

なのに飛んでいたという事は、どういうことなのか。

答えは一つ、彼女が吸血姫で妖術、

フローテーションを使っているしかなかった。

その事実に気付き、驚愕しうろたえる教会側の人間達。

助けを求めようとも、周りにいた観衆は皆逃げ帰っていたため、

他には誰も居なかった。

もっとも、居たとしても何が出来るというわけではないが・・・

 

 

 

 

兄が徐々に処刑台へと歩み寄っていく。

「さあ、妹をそこから降ろしてもらおうか。」

「お兄ちゃん・・・」

絶望に満ちていた妹の顔に希望が差し込んできた。

しかし、その声で磔にされている魔女の存在を再認識した執行人は、

持っていた槍を彼女に突きつけた。

「それ以上近づくな!

近づいたら、予定通り処刑を行う!」

兄の足が瞬時に止まる。

近づいたら、等と言っているが、

実際は近づかなくても処刑することに変わりはないだろうと分かっていたが、

動けなかった。

ダークネスサイドの二人も表面上では動いて居なかった。

「よし、そのまま動くなよ。

神父様あいつ等に魔法をお願いします。」

二人の神父は共に頷き、詠唱を開始する。

どうやら狙いは一番厄介そうな吸血姫に向けられているようだった。

が、しかしその詠唱が思いもよらぬ形で途切れた。

一人の神父を槍が貫いたのだ・・・

執行人が握った槍が・・・

その槍は確実に神父の心臓を貫き、断末魔もなしに息絶えた。

その光景に驚き、もう一人の神父は詠唱を止めた。

「貴様、何やってるんだ・・・!」

「いや、体が勝手に・・・!」

執行人は自分がした事に驚いていた。

正確にはさせられた事に、である。

「妖術って便利でね、ほとんど動かなくても出来るのよ。」

口元に笑みを浮かべながら吸血姫が言う。

マリオネット――妖術の中の一つである。

見えない魔力の糸で人を操る妖術で、動くのは指だけである。

それを彼女が唱えて、執行人を操ったのである。

 

 

 

 

妹に向けられていた槍が神父に向けさせられた時、

すでに他の二人は行動に移っていた。

兄は氷属性の魔法アイスランスを、

ブラウンの髪の女性はナイフをしまい、血属性魔法ブラッドレインを

唱えていた。

二人が同時に唱える。

氷の槍が飛来し、有毒な血の雨が降る。

自分がとった行動に、そして味方がとった行動に驚いていた両者は、

魔法の存在に直前まで気付かず、

気付いた時にはもうかわせる状態ではなかった

アイスランスがいたる所を切り裂き、

そこからその人の血を狂わす雨が入り込んでいく。

苦しげな断末魔を叫び、二人は苦しみながら、息絶えた。

 

 

 

 

「有難う御座います。」

磔台から妹を降ろし、兄はダークネスサイドの二人にお礼の言葉を述べた。

「いえいえ。もともとこの人達は殺るつもりだったので、

協力してもらえてこちらとしても助かりました。」

吸血姫が答える。

さっきの時もそうだったが、殺る、等恐ろしい言葉を言っているにもかかわらず、

あっさりと言う。

「助けて頂いて、有難う御座います。

もう兄、クレムスから聞いているとは思いますが、レベッカ=アレクサイドと申します。

あなた方は?」

磔にされていた妹が訊いた。かなり衰弱しているようだったが、

はっきりとした声だった。

「私は風間友里、元ウィッチの級血族よ。

こっちが、霧島綾女。

使ってた魔法で分かってるとは思うけど、綾女もウィッチよ。」

風間と名乗った女性が答える。

それに霧島が付け足す。

「もっとも、私は二重人格。綾菜っていうんだけど、

彼女もよろしくね。」

普通なら隠してしまうことだが、それを軽々と口にした。

自分の本性を知った上でも付き合える友達を探しているのである・・・

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

レベッカは少なからず驚いたようだったが、

しかし、平然とした声で答え、頭を下げた。

「さあ、追手が来ないうちに早く逃げましょう。」

風間が促す。それにクレムスは同意した。

「ああ、そうだな。

今度また改めて、お礼をしに訪ねるよ。」

「ええ、分かったわ。

じゃあ、またその日までね。」

兄妹は再び深々と頭を下げた後、路地の方へと駆け出していった。

「仲のいい兄妹だね。私の家族とは大違いだよ・・・」

霧島が始めの言葉は明るく言ったものの、次の言葉は悲しげに呟いた。

「・・・さあ、私達も行きましょう。」

風間は少々黙った後、別の事を口にした。

霧島の事情を知っているだけに、何も口に出来なかったのである。

二人は兄妹とは逆の路地へと向かった。